「歴代さん」。

シンプルな一覧表とともに、歴代の◯◯を紹介します。歴史をつくってきたレジェンドへのリスペクトを込めつつ、「そういえば、そうだったかな」と、酒のつまみ程度に愉しんでいただければ嬉しいです。

羽生結弦が圧巻の連覇!/冬季五輪、日本歴代11個目の金メダルを獲得。冬季五輪(2)

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 平昌オリンピックの男子フィギュアスケートは、前回ソチ五輪王者の羽生結弦が、負傷明けの不安を吹き飛ばす圧巻の演技で、銀メダルの宇野昌磨にも10ポイント以上の差をつける完勝を収めました。

 昨年11月に右足首の靭帯損傷という、そもそも試合ができるのかという心配すらあった中、蓋を開けてみれば初日のショートプロブラムから首位に立ち、他の追随を許さない王者の貫禄を見せつける結果となりました。

 冬季五輪の日本の金メダルという意味では、羽生の金メダルが11個目となります。歴代の冬季五輪金メダリストを見てみましょう。

冬季オリンピック 日本の歴代金メダリスト】 

開催都市 金メダリスト 種目
12
2018

平昌

韓国
小平奈緒 スピードスケート
11 羽生結弦 フィギュアスケート男子シングル
10 2014 ソチ ロシア 羽生結弦 フィギュアスケート男子シングル
9 2006 トリノ イタリア 荒川静香 フィギュアスケート女子シングル
8





1998






長野






日本
西谷岳文 ショートトラック



7
斉藤浩哉

ジャンプラージヒル団体
岡部孝信
原田雅彦
舟木和喜
6 舟木和喜 ジャンプラージヒル
5 里谷多英 モーグル
4 清水宏保 スピードスケート


3

1994

リレハンメル

ノルウェー
阿部雅史
スキーノルディック複合団体
河野孝典
荻原健司


2

1992

アルベールビル

フランス
三ヶ田礼一
スキーノルディック複合団体
河野孝典
荻原健司
1 1972 札幌 日本 笠谷幸生  ジャンプ70m級

日本の冬季五輪の戦績を死守してきたフィギュアスケート

 いかがでしょうか。国土が縦に長く、南北で気候帯も大きく異なる日本では、選手の絶対数からも、どうしても夏季オリンピック競技の方が選手層が厚くなります。 平昌オリンピック開幕前までの日本の冬季での金メダルは10個。リオまでに142個の金メダルを獲っている夏季に比べると、寂しい限りです。

 そしてこの表から見えてくるのは、連覇の羽生結弦と、2006年トリノでの荒川静香というふたりのフィギュアスケーターの金メダルを除くと、今回の小平奈緒の金メダルまで、実に20年間冬季種目での金メダルを獲れていなかったということです。浅田真央というスーパースターの登場と共に、空前のフィギュアスケートブームに沸いたここ10年余りを反映するように、フィギュアスケーターが日本の冬季五輪の金メダルを守ってきたことになります。決して五輪や金メダルがすべてではないですが、荒川静香以前には、伊藤みどり(1992年アルベールビル大会銀メダル)ひとりしかメダリストのいなかった日本のフィギュアスケートが、四半世紀を経て今やメダルの常連となるほどのハイレベルに達したことは事実です。

スーパースターの出現を無駄にしてはいけない。

 もちろんフィギュアスケートが恵まれている面はあるかもしれません。しかし、‟実力と華を兼ね備えたスーパースター”を輩出し、競技そのものの人気を高めることが、そこに人とお金を集めることになり、結果的に選手層を厚くする一番の道となるのではないでしょうか。

 人気競技の中で、スーパースターを輩出していないスポーツはありません。しかし、スーパースターを輩出しながらも人気競技になりきれなかったスポーツは多々あります。だからこそ、現役のスーパースターを抱える競技は、‟スーパースターという天からの贈りもの”を、絶対に無駄にしないでほしいのです。その競技が、より多くの人から愛さるものになるために。

以上です。※敬称略


【NHK】【ノーカット実況なし】飛んだ!ほえた!泣いた!羽生結弦、金メダル!<ピョンチャン> 

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オカダ・カズチカがSANADAを下してV10達成! 史上3人目、歴代2位タイの二桁防衛記録保持者に!/IGWPヘビー級王座連続防衛記録

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 2月11日に大阪府立体育会館エディオンアリーナ)で行われたIWGPヘビー級選手権試合で、第65代王者オカダ・カズチカがSANADAの挑戦を退け、10度目の防衛を達成しました。これは歴代のIWGPヘビー級の連続防衛記録でも、単独2位タイとなる大記録です。これまでの防衛記録を見てみましょう。

 【歴代IWGPヘビー級王座 連続防衛記録】

順位 王者 戴冠日 防衛
1 棚橋弘至 56 2011年1月4日 11
2 永田裕志 31 2002年4月5日 10
2 オカダ・カズチカ 65 2016年6月19日 10
4 橋本真也 16 1994年5月1日 9
5 オカダ・カズチカ 59 2013年4月7日 8
6 棚橋弘至 58 2012年6月16日 7
6 橋本真也 19 1996年4月29日 7
6 藤波辰巳 3 1988年6月24日 7
9 中邑真輔 53 2009年9月27日 6
10 佐々木健介 26 2000年1月4日 5
10 武藤敬司 24 1999年1月4日 5
10 武藤敬司 17 1995年5月3日 5
10 グレート・ムタ 13 1992年8月16日 5
14 武藤敬司 49 2008年4月27日 4
14 棚橋弘至 45 2006年7月17日 4
14 スコット・ノートン 23 1998年9月23日 4
14 橋本真也 14 1993年9月20日 4
14 長州力 12 1992年1月4日 4
14 ビッグバン・ベイダー 7 1989年8月10日 4
14 アントニオ猪木 1 1987年6月12日 4
21 オカダ・カズチカ 63 2015年7月5日 3
21 真壁刀義 54 2010年5月3日 3
21 棚橋弘至 50 2009年1月4日 3
21 ブロック・レスナー 44 2005年10月8日 3
21 高山善廣 32 2003年5月2日 3
21 佐々木健介 20 1997年8月31日 3
21 藤波辰爾 11 1991年3月4日 3
28 AJスタイルズ 60 2014年5月3日 2
28 オカダ・カズチカ 57 2012年2月12日 2
28 中邑真輔 48 2008年1月4日 2
28 永田裕志 46 2007年4月13日 2
28 佐々木健介 39 2004年10月9日 2
28 藤田和之 29 2001年4月9日 2
28 藤波辰爾 21 1998年4月4日 2
35 内藤哲也 64 2016年4月10日 1
35 AJスタイルズ 62 2015年2月11日 1
35 棚橋弘至 61 2014年10月13日 1
35 小島聡 55 2010年10月11日 1
35 棚橋弘至 52 2009年9月27日 1
35 棚橋弘至 47 2007年10月8日 1
35 天山広吉 42 2005年5月14日 1
35 小島聡 41 2005年2月20日 1
35 藤田和之 38 2004年6月5日 1
35 ボブ・サップ 37 2004年3月28日 1
35 天山広吉 35 2004年2月15日 1
35 中邑真輔 34 2003年12月9日 1
35 安田忠夫 30 2002年2月16日 1
35 佐々木健介 27 2001年1月4日 1
35 高田延彦 18 1996年1月4日 1
35 長州力 8 1990年8月19日 1
51 中西学 51 2009年5月6日 0
51 藤田和之 43 2005年7月18日 0
51 天山広吉 40 2004年12月12日 0
51 佐々木健介 36 2004年3月12日 0
51 天山広吉 33 2003年11月3日 0
51 スコット・ノートン 28 2001年3月17日 0
51 天龍源一郎 25 1999年12月10日 0
51 蝶野正洋 22 1998年8月8日 0
51 藤波辰爾 15 1994年4月4日 0
51 ビッグバン・ベイダー 10 1991年1月17日 0
51 藤波辰爾 9 1990年12月26日 0
51 長州力 6 1989年7月12日 0
51 サルマン・ハシミコフ 5 1989年5月25日 0
51 ビッグバン・ベイダー 4 1989年4月24日 0
51 藤波辰巳 2 1988年5月8日 0

 

 ご覧のように、過去に二桁防衛を成し遂げたのは、第31代王者時代の永田裕志(10回)と、歴代最多記録(11回)保持者である第56代王者時代の棚橋弘至のふたりのみです。元祖ミスターIWGP、故・橋本真也の記録(9回)も抜き去り、いよいよ本格的にオカダ・カズチカが現代のミスターIWGPと言える存在になってきました。

 また、年初の東京ドームで内藤哲也を退けた今、オカダと同格の日本人選手はもはや棚橋弘至くらいしか見当たらず、ケニー・オメガジェイ・ホワイトが奮闘しない限り、2018年中に連続防衛記録が更新される可能性は高いでしょう。しかもオカダはまだ30歳。今後5~10年は、彼がプロレス界を牽引することになるでしょう。

 

新しい「プロレス」を追求する時代に。

 文句なしに日本プロレス界の大エースとなったオカダ・カズチカ。プロレスブームも追い風となる一方で、これほどまでに一人の選手が飛び抜けた状況も史上稀なケースです。

 アントニオ猪木にはジャイアント馬場というライバルがいて、ジャンボ鶴田長州力藤波辰爾、タイガー・マスクの時代にも、新日本プロレス全日本プロレスという、交わることなき2大メジャー団体という構図が続きます。その後も新日本の闘魂三銃士橋本真也武藤敬司蝶野正洋)が活躍する一方で、全日本の四天王(三沢光晴田上明川田利明小橋建太)が無数の名勝負をつくりだし、K-1、プライドなどの格闘技ブームと、数え切れないほどの入り乱れたライバル関係が、大河ドラマのようなマット界の歴史を紡いできました。

 オカダ・カズチカは、若くして瞬く間に頂点まで上り詰め、同世代以下にはまだライバルと呼べるほどの選手が現れていない状況で、これからのIWGPの物語をどんな壮大な大河ドラマに仕上げていくのか。試合内容とドラマの両面でプロレス界を牽引していくことが求められる段階になったと思います。いわゆるメジャー団体が新日本プロレスただひとつとなった今、IWGPの物語にプロレス界の浮沈がかかっているでしょう。

 プロレス界にとっての平成という時代は、昭和のプロレスへの疑問と反抗、そして総合格闘技K-1の興隆による暗黒のトンネル、団体の乱立と分裂、最後に劇的な復活と、昭和以上の激動時代だったように思います。

「誰が一番強いんだ?」この疑問に答えるため、プロレスラーのみでなく、格闘技界全体が熱狂のうちに踊り続けた、平成という格闘技戦国時代。私は「答えなし」という答えが出たと思っています。そしてこれからは、正々堂々とど真ん中のプロレス道を追求していく時代です。言い換えれば、他競技選手との異種格闘技戦に商品価値がなくなった時代。ファンの目も成熟し、プロレスという競技へのアンチテーゼでは、もう客は呼べないでしょう。

 これからのミスターIWGPに求められるのは、プロレスのリングでプロレスラーの強さを魅せること。そしてプロレス大河ドラマの主役であること。今までの王者たちも、オカダ自身もやり続けてきたことですが、より繊細に時代にマッチした形の深堀りをしなければならないでしょう。

 ‟レインメーカーオカダ・カズチカの、今後の最多防衛記録への挑戦は、実はタイトルマッチ以上に難しい、プロレス界の新時代を切り拓くための戦いなのです。

以上です。※敬称略


Kazuchika Okada vs Sanada- New Beginning in Osaka 2018 Highlights 

 

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史上最強、フェデラーが20勝に到達/過去15年のグランドスラム覇者一覧

 2018年の全豪オープンテニスは、36歳のロジャー・フェデラー(スイス)が2連覇し、大会史上最多タイとなる6度目の優勝を果たしました。この優勝で、フェデラーは自身が持つ4大大会優勝回数の記録を「20」へと伸ばしました。

 同じく1年に4度のメジャー大会が行われ、比較的選手寿命も長いゴルフでは、あのタイガー・ウッズでも4大メジャー大会の通算優勝回数は14回。史上最多のジャック・ニクラウスでも18回。単純比較はできませんが、フェデラーの20回という記録って本当にとてつもないですね。

 そこで、今回はフェデラーが4大大会に初優勝した2003年以降の、歴代のテニス4大大会優勝者をまとめました。


【テニス4大大会歴代優勝者/2003年~2018年】

大会 優勝者 国籍
2018 全豪オープン ロジャー・フェデラー スイス



2017
全米オープン ラファエル・ナダル スペイン
ウィンブルドン ロジャー・フェデラー スイス
全仏オープン ラファエル・ナダル スペイン
全豪オープン ロジャー・フェデラー スイス



2016
全米オープン スタン・ワウリンカ スイス
ウィンブルドン アンディ・マリー 英国
全仏オープン ノバク・ジョコビッチ セルビア
全豪オープン ノバク・ジョコビッチ セルビア



2015
全米オープン ノバク・ジョコビッチ セルビア
ウィンブルドン ノバク・ジョコビッチ セルビア
全仏オープン スタン・ワウリンカ スイス
全豪オープン ノバク・ジョコビッチ セルビア



2014
全米オープン マリン・チリッチ クロアチア
ウィンブルドン ノバク・ジョコビッチ セルビア
全仏オープン ラファエル・ナダル スペイン
全豪オープン スタン・ワウリンカ スイス



2013
全米オープン ラファエル・ナダル スペイン
ウィンブルドン アンディ・マリー 英国
全仏オープン ラファエル・ナダル スペイン
全豪オープン ノバク・ジョコビッチ セルビア



2012
全米オープン アンディ・マリー 英国
ウィンブルドン ロジャー・フェデラー スイス
全仏オープン ラファエル・ナダル スペイン
全豪オープン ノバク・ジョコビッチ セルビア



2011
全米オープン ノバク・ジョコビッチ セルビア
ウィンブルドン ノバク・ジョコビッチ セルビア
全仏オープン ラファエル・ナダル スペイン
全豪オープン ノバク・ジョコビッチ セルビア



2010
全米オープン ラファエル・ナダル スペイン
ウィンブルドン ラファエル・ナダル スペイン
全仏オープン ラファエル・ナダル スペイン
全豪オープン ロジャー・フェデラー スイス



2009
全米オープン フアン・マルティン・デル・ポトロ アルゼンチン
ウィンブルドン ロジャー・フェデラー スイス
全仏オープン ロジャー・フェデラー スイス
全豪オープン ラファエル・ナダル スペイン



2008
全米オープン ロジャー・フェデラー スイス
ウィンブルドン ラファエル・ナダル スペイン
全仏オープン ラファエル・ナダル スペイン
全豪オープン ノバク・ジョコビッチ セルビア



2007
全米オープン ロジャー・フェデラー スイス
ウィンブルドン ロジャー・フェデラー スイス
全仏オープン ラファエル・ナダル スペイン
全豪オープン ロジャー・フェデラー スイス



2006
全米オープン ロジャー・フェデラー スイス
ウィンブルドン ロジャー・フェデラー スイス
全仏オープン ラファエル・ナダル スペイン
全豪オープン ロジャー・フェデラー スイス



2005
全米オープン ロジャー・フェデラー スイス
ウィンブルドン ロジャー・フェデラー スイス
全仏オープン ラファエル・ナダル スペイン
全豪オープン マラト・サフィン ロシア



2004
全米オープン ロジャー・フェデラー スイス
ウィンブルドン ロジャー・フェデラー スイス
全仏オープン ガストン・ガウディオ アルゼンチン
全豪オープン ロジャー・フェデラー スイス



2003
全米オープン アンディ・ロディック 米国
ウィンブルドン ロジャー・フェデラー スイス
全仏オープン フアン・カルロス・フェレーロ スペイン
全豪オープン アンドレ・アガシ 米国

 

 いかがでしょうか。フェデラーが2003年にウィンブルドンを制して以来、4大大会はそのほとんどを「ビッグ4」と呼ばれるフェデラーナダルジョコビッチ、マリーが制していることがわかります(※今大会までの足かけ16年、61大会のうち51大会をビッグ4が独占!)。

フェデラーのキャリアは、4大大会における栄枯盛衰がハッキリ見えます。2003年以降、‟赤土(全仏)のナダル”以外は敵なし状態。それが2008年頃から5歳若いナダルに全仏以外でも押され気味になり、 2011年頃からはジョコビッチとの世代交代が完了してしまったかのように見えました。2012年のウィンブルドンを最後に、フェデラーの4大大会優勝はなくなります。それが2017年の全豪で復活優勝を遂げて以来、先日の全豪までメジャー5戦3勝。なんという劇的な復活でしょうか。。。

 2018年までで、フェデラー全豪オープンでの戦績は94勝13敗。19回の本選出場で13回しか負けていません。当たり前ですが、負けないまま終わった年が6回あるわけです。4大大会全体の通算でも332勝52敗。同じですが、72回の4大大会本選出場に対し、52回しか負けていません。そりゃそうですね、20回優勝してますから。しつこいですが、とにかく凄い数字です。

 すべてを手にしたかのような華々しいキャリアを誇る史上最高のテニスプレーヤー、ロジャー・フェデラー。そんな彼が、36歳となった今もまだ、戦いの第一線で血と汗と涙を流し続けている。

 手に入れたものを誇るよりも、次に成し遂げたいことに熱中する姿の方が、どんなに格好いいか。史上最高の王者がくしゃくしゃになって流した涙は、彼とは比べるべくもないサラリーマンの私に、おじさんが本当に格好良くなれる数少ない方法を教えてくれたような気がしました。


Roger Federer Men's Singles ceremony | Australian Open 2018

以上です。 ※敬称略

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IWGPインターコンチネンタル歴代王者一覧/本格的な‟中邑真輔後”へ。

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白いベルトは、‟エース”から‟49歳”へ。。

 1月28日の札幌大会で、挑戦者鈴木みのるが王者棚橋弘至を下し、第17代のIWGPインターコンチネンタル王者となりました。そこで今回は、歴代のIWGPインターコンチネンタル王座を振り返っていきます。

 元々は2011年5月の新日本プロレスのアメリカ興行「NJPW INVASION TOUR 2011 〜ATTACK ON EAST COAST〜」に際して創設され、現地での3日間のトーナメント(8名参加)で初代王者が決定されました。事前に大々的な盛り上げがあったわけでもなく、アメリカ進出に付随したオマケ的に生まれたタイトルだったわけです。“大陸間王者”というタイトルの名前からも、アメリカをはじめとする海外戦略を見越したオプションとして育てたかったのでしょう。

 初代王座をMVPが戴冠した後も、しばらくはこのタイトルに本流のIWGPヘビー級王座経験者が挑戦するようなこともなく、いわば“格下”のベルトという位置づけでした。

この流れを変えたのが第4代王者・中邑真輔でした。彼こそが、IWGPインターコンチネンタル王座の象徴と言っていいでしょう。下の歴代王者一覧を見ていきましょう。

▼ 

IWGPインターコンチネンタル王座 歴代王者一覧】 

王者 戴冠日 防衛
17 鈴木みのる 2018年1月27日  
16 棚橋弘至 2017年6月11日 4
15 内藤哲也 2016年9月25日 4
14 マイケル・エルガン 2016年6月19日 1
13 ケニー・オメガ 2016年2月14日 1
12 中邑真輔 2015年9月27日 2
11 後藤洋央紀 2015年5月3日 1
10 中邑真輔 2014年9月21日 3
9 バッドラック・ファレ 2014年6月21日 0
8 中邑真輔 2014年4月6日 1
7 棚橋弘至 2014年1月4日 1
6 中邑真輔 2013年7月20日 3
5 ラ・ソンブラ 2013年5月31日 1
4 中邑真輔 2012年7月22日 8
3 後藤洋央紀 2012年2月12日 2
2 田中将斗 2011年10月10日 3
1 MVP 2011年5月15日 2

 

中邑真輔が価値を持たせたベルト。 

 創設が2011年と歴史が浅いため、新王者鈴木みのるを含めて歴代王者はのべ17人です。前述したように、当初はその存在価値が微妙なベルトでした。王者にも挑戦者にも、本流のIWGPヘビー級王座を獲得した選手は絡んでいません。そしてベルト創設から1年2か月で挑戦者として立ったのが、当時すでに3度のIWGPヘビー級王者経験を持つ中邑真輔でした。彼が第4代王者となり、独自の色でIWGPインターコンチネンタル王座のベルトを染め上げていく中で、ベルトの価値が高まり、急速にタイトルとしての“格”も得ていくことになります。

 中邑は同タイトル最多の5度の戴冠をしていますが、まず最初の戴冠となった第4代王者時代に、現在でも歴代最多記録となっている8度の防衛を果たしています。この8度の防衛のうち6度が外国人選手相手の防衛。“大陸間王者”な感じを残しつつ、挑戦者も豪華になっていきます。4度目の防衛戦となった2013年のイッテンヨン東京ドームでは、レジェンド桜庭和志を挑戦者に迎えています(※中邑は通算防衛記録もぶっちぎりとなる17回を保持)。

 また、2度目の戴冠となった第6代王者時代には、丸藤正道鈴木みのるという日本人ビッグネームを挑戦者に迎え、棚橋弘至に王座を奪われるという流れでした。こうなってくると、もはや易々と挑戦できるベルトではなくなってきます。

 極めつけは2014年1月4日イッテンヨン東京ドーム大会で、「ダブルメインイベント」と言われた一戦です。第6代王者時代の中邑が、4度目の防衛戦の挑戦者として棚橋弘至を迎えた一戦。一方ではIWGPヘビー級選手権として、王者オカダ・カズチカに前年G1王者の内藤哲也が挑むという、通常であれば絶対にメインとなるカードが組まれていました。しかし、手塚社長の中邑VS棚橋というカードへの思い入れの強さもあり、どちらがメインイベント(一番最後に行う試合)になるべきか、ファン投票で争われることに。結果、最高権威であるIWGPヘビー級選手権を押さえ、インターコンチがメインイベントとなったのです。この時が、IWGPインターコンチネンタル王座のひとつのピークでしょう。

 こうして完全に中邑の色に染められた(実際にベルトのデザインも中邑の要望で変更となった)インターコンチ王座は、彼を軸とすることで独自の価値を維持していました。しかし、元々の成り立ちの定義が弱いこともあり、中邑の退団(2016年1月)以降は徐々に意味合いが揺らぎ出しているように見えます。棚橋、内藤、ケニー・オメガといったスター選手中心のタイトル戦線が組まれているものの、第15代王者内藤はその価値を否定。今回49歳の鈴木が新王者となり、45歳の真壁刀義が挑戦に名乗りを上げたかに見える状況は、このベルトの方向性がいよいよ変わっていくことを予感させます。

 同時に、こちらも新設ベルトのIWGP USヘビー級初代王者ケニー・オメガが、ジェイ・ホワイトに敗れ王座陥落。IWGPヘビーと合わせ、3本のベルトの位置づけの再編が行われていくことでしょう。

‟スターの居場所”としての機能は終わったのか。 

 中邑真輔という新日本プロレスの看板選手と、新設タイトルのIWGPインターコンチネンタル王座は、ある意味で幸せな補完関係にあったように見えます。

 本来は最高位のIWGPヘビー級王座を争うべき中邑。しかし、同門ユニット‟CHAOS”のオカダ・カズチカが次世代のスター選手としてその座に君臨し続けるようになり、同門の中邑自身はIWGPヘビー級王座戦線に絡みづらくなったという状況がありました。

 一方のIWGPインターコンチネンタル王座は、‟横綱級”が絡まないマッチメークで、価値を高めることができずにいたタイトルです。両者はいわゆるWINWINの関係だったのでしょう。中邑は最高権威の戦線から外れながらも、看板選手としての格を維持したまま独自路線を展開できる。インターコンチは、中邑の色に染まり切ることで、マッチメークや試合内容など、あらゆる面で格を上げられるわけですから。

 このように中邑が築いてきた‟スター選手と新設ベルトの補完関係”ですが、現状の新日本プロレスに当てはめることは難しい状況です。現IWGPヘビー級王者オカダと並び立つスター選手は、棚橋弘至内藤哲也、そして外国人エースとしてのケニー・オメガというところでしょう。しかし中邑の時と異なる状況として、棚橋は本隊、内藤はロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン、オメガはバレットクラブ(1月28日に離脱)と、それぞれが別ユニットに属しており、格的にも堂々とIWGPヘビー級を争うべきポジションにいること。

 最近は棚橋弘至がややIWGPヘビー級の主流戦線から外れ気味ですが、とは言えIWGPヘビー級においては中邑をはるかに凌ぐ史上最高の実績を持つスター選手です。あえてインターコンチを棚橋色に染めていくという意味づけ、動機づけにおいて、やはり弱くなってしまいます。また内藤哲也は、現在の新日本で最も重要なヒールであり、実績的にもまだまだIWGPヘビー級をこそ目指すべき存在です。ケニー・オメガも王座陥落したものの、IWGP USヘビー級という新タイトルとの関係性もあり、すぐにインターコンチネンタルに向きを変える意味づけは容易ではない状況です。

 中邑真輔が非常に賢く活用したIWGPインターコンチネンタル王座。象徴を失ってから2年が経ち、いよいよ改革を迫られる時期に来ているように思えます。IWGPヘビー、USヘビーと合わせて、次のステージにステップアップしてほしいものです。

 

 さて、余談ですが新王者となった鈴木みのる。今でこそ「世界一性格の悪い男」として、あらゆるリングで悪行をつくしていますが、元々は新日本プロレスでデビューした選手です。キャリア全盛期(ある意味今かもしれませんが・・・)の若き日は、「パンクラス」で活躍しました。所属団体のカラーもありますが、今の姿からは想像もつかない試合スタイルです。「本当に強いのは誰なのか」。みんながそれを模索していた、格闘技界の青春のような時期でした。結局、答えはない。そんな答えが、すでに出ているような気がします。

 


Minoru Suzuki vs Jason Delucia 1994 12 16

以上です。※敬称略

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祝! 栃ノ心初優勝!! 平成の歴代優勝力士から見る「平幕優勝って凄いんです」/大相撲(2)

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 平成30年初場所、平幕(前頭三枚目)の栃ノ心が、見事に初優勝を果たしました。

 暴行事件による日馬富士の引退など、一連の騒動から不穏な幕開けを迎え、さらに横綱白鵬稀勢の里までが連敗→休場と、良くないイメージが付いて回った場所でした。鶴竜の初日からの10連勝はさすが横綱という感じでしたが、正直このまま鶴竜が全勝優勝しても、何かぱっとしないなと思っていました(鶴竜さんごめんなさい)。その10連勝の時点で、1敗と食らいついていたのが優勝した栃ノ心でした。まさかこんな結末になるとは。。。途中まで上位につけていても、それが平幕力士だと「優勝までは行かんだろう・・・」と思ってしまうわけです。どうもすみませんでした。

 そうです。この平幕優勝というのがなかなか凄い偉業なんです。平幕(横綱や三役についていない幕内)力士の優勝は、平成24年(2012年)5月場所の旭天鵬以来、6年ぶりの快挙でした。

 どれくらいのレアケースなのか、平成以降の歴代優勝力士一覧で見てみましょう。黄色の網掛けが平幕優勝力士です。

【平成以降の歴代優勝力士一覧】

場所 優勝力士 通算優勝
2018年(平成30年)1月 栃ノ心 1
2017年(平成29年)11月 白鵬 40
2017年(平成29年)9月 日馬富士 9
2017年(平成29年)7月 白鵬 39
2017年(平成29年)5月 白鵬 38
2017年(平成29年)3月 稀勢の里 2
2017年(平成29年)1月 稀勢の里 1
2016年(平成28年)11月 鶴竜 3
2016年(平成28年)9月 豪栄道 1
2016年(平成28年)7月 日馬富士 8
2016年(平成28年)5月 白鵬 37
2016年(平成28年)3月 白鵬 36
2016年(平成28年)1月 琴奨菊 1
2015年(平成27年)11月 日馬富士 7
2015年(平成27年)9月 鶴竜 2
2015年(平成27年)7月 白鵬 35
2015年(平成27年)5月 照ノ富士 1
2015年(平成27年)3月 白鵬 34
2015年(平成27年)1月 白鵬 33
2014年(平成26年)11月 白鵬 32
2014年(平成26年)9月 白鵬 31
2014年(平成26年)7月 白鵬 30
2014年(平成26年)5月 白鵬 29
2014年(平成26年)3月 鶴竜 1
2014年(平成26年)1月 白鵬 28
2013年(平成25年)11月 日馬富士 6
2013年(平成25年)9月 白鵬 27
2013年(平成25年)7月 白鵬 26
2013年(平成25年)5月 白鵬 25
2013年(平成25年)3月 白鵬 24
2013年(平成25年)1月 日馬富士 5
2012年(平成24年)11月 白鵬 23
2012年(平成24年)9月 日馬富士 4
2012年(平成24年)7月 日馬富士 3
2012年(平成24年)5月 旭天鵬 1
2012年(平成24年)3月 白鵬 22
2012年(平成24年)1月 把瑠都 1
2011年(平成23年)11月 白鵬 21
2011年(平成23年)9月 白鵬 20
2011年(平成23年)7月 日馬富士 2
2011年(平成23年)5月 白鵬 19
2011年(平成23年)3月 本場所中止  
2011年(平成23年)1月 白鵬 18
2010年(平成22年)11月 白鵬 17
2010年(平成22年)9月 白鵬 16
2010年(平成22年)7月 白鵬 15
2010年(平成22年)5月 白鵬 14
2010年(平成22年)3月 白鵬 13
2010年(平成22年)1月 朝青龍 25
2009年(平成21年)11月 白鵬 12
2009年(平成21年)9月 朝青龍 24
2009年(平成21年)7月 白鵬 11
2009年(平成21年)5月 日馬富士 1
2009年(平成21年)3月 白鵬 10
2009年(平成21年)1月 朝青龍 23
2008年(平成20年)11月 白鵬 9
2008年(平成20年)9月 白鵬 8
2008年(平成20年)7月 白鵬 7
2008年(平成20年)5月 琴欧洲 1
2008年(平成20年)3月 朝青龍 22
2008年(平成20年)1月 白鵬 6
2007年(平成19年)11月 白鵬 5
2007年(平成19年)9月 白鵬 4
2007年(平成19年)7月 朝青龍 21
2007年(平成19年)5月 白鵬 3
2007年(平成19年)3月 白鵬 2
2007年(平成19年)1月 朝青龍 20
2006年(平成18年)11月 朝青龍 19
2006年(平成18年)9月 朝青龍 18
2006年(平成18年)7月 朝青龍 17
2006年(平成18年)5月 白鵬 1
2006年(平成18年)3月 朝青龍 16
2006年(平成18年)1月 栃東 3
2005年(平成17年)11月 朝青龍 15
2005年(平成17年)9月 朝青龍 14
2005年(平成17年)7月 朝青龍 13
2005年(平成17年)5月 朝青龍 12
2005年(平成17年)3月 朝青龍 11
2005年(平成17年)1月 朝青龍 10
2004年(平成16年)11月 朝青龍 9
2004年(平成16年)9月 魁皇 5
2004年(平成16年)7月 朝青龍 8
2004年(平成16年)5月 朝青龍 7
2004年(平成16年)3月 朝青龍 6
2004年(平成16年)1月 朝青龍 5
2003年(平成15年)11月 栃東 2
2003年(平成15年)9月 朝青龍 4
2003年(平成15年)7月 魁皇 4
2003年(平成15年)5月 朝青龍 3
2003年(平成15年)3月 千代大海 3
2003年(平成15年)1月 朝青龍 2
2002年(平成14年)11月 朝青龍 1
2002年(平成14年)9月 武蔵丸 12
2002年(平成14年)7月 千代大海 2
2002年(平成14年)5月 武蔵丸 11
2002年(平成14年)3月 武蔵丸 10
2002年(平成14年)1月 栃東 1
2001年(平成13年)11月 武蔵丸 9
2001年(平成13年)9月 琴光喜 1
2001年(平成13年)7月 魁皇 3
2001年(平成13年)5月 貴乃花 22
2001年(平成13年)3月 魁皇 2
2001年(平成13年)1月 貴乃花 21
2000年(平成12年)11月 11
2000年(平成12年)9月 武蔵丸 8
2000年(平成12年)7月 10
2000年(平成12年)5月 魁皇 1
2000年(平成12年)3月 貴闘力 1
2000年(平成12年)1月 武双山 1
1999年(平成11年)11月 武蔵丸 7
1999年(平成11年)9月 武蔵丸 6
1999年(平成11年)7月 出島 1
1999年(平成11年)5月 武蔵丸 5
1999年(平成11年)3月 武蔵丸 4
1999年(平成11年)1月 千代大海 1
1998年(平成10年)11月 琴錦 2
1998年(平成10年)9月 貴乃花 20
1998年(平成10年)7月 貴乃花 19
1998年(平成10年)5月 若乃花 5
1998年(平成10年)3月 若乃花 4
1998年(平成10年)1月 武蔵丸 3
1997年(平成9年)11月 貴ノ浪 2
1997年(平成9年)9月 貴乃花 18
1997年(平成9年)7月 貴乃花 17
1997年(平成9年)5月 9
1997年(平成9年)3月 貴乃花 16
1997年(平成9年)1月 若乃花 3
1996年(平成8年)11月 武蔵丸 2
1996年(平成8年)9月 貴乃花 15
1996年(平成8年)7月 貴乃花 14
1996年(平成8年)5月 貴乃花 13
1996年(平成8年)3月 貴乃花 12
1996年(平成8年)1月 貴ノ浪 1
1995年(平成7年)11月 若乃花 2
1995年(平成7年)9月 貴乃花 11
1995年(平成7年)7月 貴乃花 10
1995年(平成7年)5月 貴乃花 9
1995年(平成7年)3月 8
1995年(平成7年)1月 貴乃花 8
1994年(平成6年)11月 貴乃花 7
1994年(平成6年)9月 貴ノ花 6
1994年(平成6年)7月 武蔵丸 1
1994年(平成6年)5月 貴ノ花 5
1994年(平成6年)3月 7
1994年(平成6年)1月 貴ノ花 4
1993年(平成5年)11月 6
1993年(平成5年)9月 5
1993年(平成5年)7月 4
1993年(平成5年)5月 貴ノ花 3
1993年(平成5年)3月 若花田 1
1993年(平成5年)1月 3
1992年(平成4年)11月 2
1992年(平成4年)9月 貴花田 2
1992年(平成4年)7月 水戸泉 1
1992年(平成4年)5月 1
1992年(平成4年)3月 小錦 3
1992年(平成4年)1月 貴花田 1
1991年(平成3年)11月 小錦 2
1991年(平成3年)9月 琴錦 1
1991年(平成3年)7月 琴富士 1
1991年(平成3年)5月 旭富士 4
1991年(平成3年)3月 北勝海 8
1991年(平成3年)1月 霧島 1
1990年(平成2年)11月 千代の富士 31
1990年(平成2年)9月 北勝海 7
1990年(平成2年)7月 旭富士 3
1990年(平成2年)5月 旭富士 2
1990年(平成2年)3月 北勝海 6
1990年(平成2年)1月 千代の富士 30
1989年(平成元年)11月 小錦 1
1989年(平成元年)9月 千代の富士 29
1989年(平成元年)7月 千代の富士 28
1989年(平成元年)5月 北勝海 5
1989年(平成元年)3月 千代の富士 27
1989年(平成元年)1月 北勝海 4

 

 いかがでしょか。今回の栃ノ心から、前回平幕優勝した旭天鵬まで遡るのも大変ですが、旭天鵬の前の琴光喜までは、さらになんと11年!分もスクロールしなくてはいけないという長い長い間隔が開いています。

 この表にあるように、平成以降の平幕優勝力士は栃ノ心を含めて9人。平成の174人の幕内優勝力士のうち9人ですから、割合にして5.1%。前述した平成24年(2012年)5月場所の旭天鵬、平成13年(2001年)9月場所の琴光喜、平成12年(2000年)3月場所の貴闘力、平成10年(1998年)11月場所の琴錦、平成4年(1992年)7月場所の水戸泉、同年1月場所の貴花田、平成3年(1991年)9月場所の琴錦、同年7月場所の琴富士という顔ぶれ。このうち、横綱まで昇進したのは貴花田横綱時代は貴乃花)ただ一人です。彼ら(のべ)9人の通算優勝回数で見ると、生涯で複数回優勝しているのは貴花田の22回と琴錦の2回のみ。貴花田は別次元の話として、平幕優勝しかしていない琴錦も凄いです(2度の平幕優勝は史上唯一)。このように、「将来横綱になるような力士は平幕優勝するもんだよ」みたないな定番の出世街道というわけではなく、むしろ苦労人による血と汗と涙の奇跡という感じです。これだけレアだからこそ私のような素人は、10日目まで平幕力士が食らいついていても、失礼ながら期待薄でいるわけです。

 

 さて、そんな偉業を成し遂げた栃ノ心。ジョージア出身の30歳で、大相撲の歴史に記念すべき5か国目の日本以外の優勝国を刻みました。アメリカ(高見山等)、モンゴル(朝青龍等)、ブルガリア琴欧州)、エストニア把瑠都)に次ぐ優勝となりました。

 わかる人はほとんどいないと思いますが、どうしてもリングス(総合格闘技団体)で活躍したビターゼ・タリエルやグロム・ザザ、サッカーのACミランで長く活躍したカハ・カラーゼなどの影響で、強烈にグルジアという国名を認識していたため、単に読み方の問題なんですが、まだジョージアに馴染めていないんです。どうでもいい話ですが。

 栃ノ心さん、なかなか山あり谷ありの力士で、怪我も多く、素行面でも門限破りや服装違反で親方にゴルフクラブで殴られ世間を騒がすなど、決して順風満帆とは言えない12年の末、ようやく栄光を掴みました。そんな苦労人的な物語もいい感じじゃありませんか。今、彼以上に「ジョージア」を日本に広められる人はいないでしょう。

 そう、この感じ。。。缶コーヒーのCM出演依頼とか、来るといいですね。(あっちはアメリカのジョージアですけど)


[大相撲2018初場所14日目] 栃ノ心が幕内初優勝!!対 松鳳山 栃ノ心インタビュー付 

 以上です。※敬称略

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ワールドカップ歴代得点王/史上最高の得点王は、あの怪物以外に考えられない。

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 こんにちは。さて、前回ワールドカップの歴代優勝国に続いて、各大会の得点王もおさらいしておきましょう。

 【W杯歴代得点王】

開催地 受賞者 国籍 得点
20 2014 ブラジル ハメス・ロドリゲス コロンビア 6
19 2010 南アフリカ ダビド・ビジャ スペイン 5
ウェズレイスナイデル オランダ 5
トーマス・ミュラー ドイツ 5
ディエゴ・フォルラン ウルグアイ 5
18 2006 ドイツ ミロスラフ・クローゼ ドイツ 5
17 2002 日本・韓国 ロナウド ドイツ 8
16 1998 フランス ダボル・スーケル クロアチア 6
15 1994 アメリカ オレグ・サレンコ ロシア 6
フリスト・ストイチコフ ブルガリア 6
14 1990 イタリア サルバトーレ・スキラッチ イタリア 6
13 1986 メキシコ ゲーリー・リネカー イングランド 6
12 1982 スペイン パオロ・ロッシ イタリア 6
11 1978 アルゼンチン マリオ・ケンペス アルゼンチン 6
10 1974 西ドイツ グジェゴシ・ラトー ポーランド 7
9 1970 メキシコ ゲルト・ミュラー ドイツ 10
8 1966 イングランド エウゼビオ ポルトガル 9
7 1962 チリ ガリンシャ ブラジル 4
ババ ブラジル 4
レオネル・サンチェス チリ 4
ワレンチン・イワノフ ソ連 4
アルベルト・フローリアーン ハンガリー 4
ドラジャン・イェルコヴィッチ ユーゴスラビア 4
6 1958 スウェーデン ジュスト・フォンテーヌ フランス 13
5 1954 スイス シャーンドル・コチシュ ハンガリー 11
4 1950 ブラジル アデミール ブラジル 9
3 1938 フランス レオニダス ブラジル 8
2 1934 イタリア オルドリッヒ・ネイエドリー チェコスロバキア 5
1 1930 ウルグアイ ギジェルモ・スタービレ ウルグアイ 8

 前回ブラジル大会の得点王は、コロンビアのハメス・ロドリゲス。日本代表もグループリーグで彼に一点を献上してしまいましたね。このW杯後、レアル・マドリ-に10番として加入。レギュラーを獲得しきれませんでしたが、トヨタシエンタのTVCMに出演したり、今期はバイエルン・ミュンヘンに移籍したりと、何かと目立つ選手です。ロシア大会でも再戦することになったわけですから、今度こそ抑えましょう(相当難しいことだけど!)!

  個人的には、W杯を初めて観たのが1994年のアメリカ大会からなので、それ以前の選手の感じはわかりません。90年大会得点王のスキラッチジュビロ磐田/1994-97)や、86年のリネカー名古屋グランパス/1993-94)は晩年にJリーグで観ることができましたが。。

 この歴代得点王の中で、私が最高のストライカーだと思うのは、2002年大会得点王のロナウドです。まあ、ゲルト・ミュラーなどの時代を知らない人は、ほとんど異論ないと思いますが。今のサッカーキッズにとっては、ロナウドと言えば、ポルトガルクリスティアーノ・ロナウドかもしれませんね。彼が「ロナウド」ではなく、わざわざ「クリスティアーノ・ロナウド(もしくはクリロナ)」と呼ばれるのは、このブラジルの怪物がいたからです。

 重い怪我が多く、不調の時期もあったため、通算ゴールではメッシやクリスティアーノ・ロナウドに遠く及びませんが、彼らと比較できる異次元のストライカーといえば、少なくとも90年代以降は、この怪物を置いて他にいません。メッシのゴールシーンには、メッシにしかできないものが多いように、全盛期のロナウドのゴールシーンには、ロナウドにしかできないゴールが多く、非常に特徴的でした。メッシでも真似できないしょう。ドリブルのスピード、テクニック、馬力、独特すぎるリズム。言葉では説明不可能ですね。

 ガブリエウ・ジェズス、いい選手ですね。キリアン・ムバッペ、いい選手ですね。いずれも未来のW杯得点王候補でしょう。ですが、怪物と言えるかどうかは、メッシ、クリスティアーノ・ロナウド、そしてロナウド以上のインパクトがない限り、私はうなずけないのです。


【限界突破していた頃の怪物ロナウド】神業スーパープレイ集

以上です。※敬称略
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ワールドカップ歴代優勝国/日本代表の優勝の約束まで、あと9大会。

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 さて、今年はいよいよワールドカップイヤーということで、ロシアでの日本代表の活躍を祈りつつ、歴代優勝国のおさらいです。

 サッカー強国ばかりがズラリと並ぶ顔ぶれです。早速見てみましょう。

【W杯歴代優勝国一覧】 

優勝国 開催国 参加国 日本代表
20 2014 ドイツ ブラジル 32 GL敗退
19 2010 スペイン 南アフリカ 32 ベスト16
18 2006 イタリア ドイツ 32 GL敗退
17 2002 ブラジル 日本・韓国 32 ベスト16
16 1998 フランス フランス 32 GL敗退
15 1994 ブラジル アメリカ 24  
14 1990 西ドイツ イタリア 24  
13 1986 アルゼンチン メキシコ 24  
12 1982 イタリア スペイン 24  
11 1978 アルゼンチン アルゼンチン 16  
10 1974 西ドイツ 西ドイツ 16  
9 1970 ブラジル メキシコ 16  
8 1966 イングランド イングランド 16  
7 1962 ブラジル チリ 16  
6 1958 ブラジル スウェーデン 16  
5 1954 西ドイツ スイス 16  
4 1950 ウルグアイ ブラジル 13  
3 1938 イタリア フランス 15  
2 1934 イタリア イタリア 16  
1 1930 ウルグアイ ウルグアイ 13  

 最多優勝は、王国・ブラジルの5回。ドイツ(旧西ドイツ含む)とイタリアの4回がそれに続きます。20回の歴史のうち65%にあたる13回の優勝をこの3か国で分け合っており、そのいずれもが一時代に偏らずに複数回優勝している正真正銘のサッカー強国です。アルゼンチンとウルグアイの2回までが複数回優勝国で、スペイン、フランス、イングランドが各1回。優勝実績はこの8か国のみです。

 スペイン、フランスですら、初優勝はここ20年の話です。サッカーの母国イングランドの唯一の優勝も1966年と、半世紀以上前の昔です。ワールドカップで優勝するということがいかに至難の業か、ひしひしと伝わってきます。

 日本サッカー協会JFA)は、「JFA2005年宣言」において、2050年までにもう一度日本でワールドカップを開催し、その大会で日本代表が優勝するという約束を掲げています。ロシア大会を含めてあと9大会、絶対不可能だとは思いませんが、簡単ではないでしょう。実はその「JFA2005年宣言」では、“2015年までに日本代表を世界トップ10のチームにする”という約束も掲げられていました。しかしながら、本日(2018年1月20日)時点での日本代表のFIFAランキングは56位、約束は果たされていません。この約束との乖離の大きさを見ても、世界一の人気スポーツであるサッカーで他国を凌駕していくことの難しさを、まざまざと見せつけられるのです。

JFA2005年宣言 ~DREAM 夢があるから強くなる~|JFA|日本サッカー協会

 現在は修正目標として、2018年までのFIFAランキングトップ20入り、2022年までの同トップ10入りを掲げています。また、2030年大会(ロシアの次の次の次)でのベスト4入りも目指しています。

ドーハの悲劇”も、“ジョホールバルの歓喜”も目に焼き付けてきた私としては、ワールドカップに出られたら、新たな世界が広がっていると信じていました。そして今、日本サッカーは確かにその新たな世界にいるのでしょう。しかし、ワールドカップ出場という重い重い扉をこじ開けた先の世界は、さらにとてつもなく重い扉ばかりが続く異次元でした。世の中、何事もそうかもしれませんね。

 長らく日本代表を牽引してきた中心メンバーの多くが、今回で最後のワールドカップとなる可能性があります。長谷部誠(2006年A代表デビュー・今年34歳)、本田圭佑(2008年・32歳)、香川真司(2008年・29歳)、岡崎慎司(2008年・32歳)、長友佑都(2008年・32歳)、川島永嗣(2008年・35歳)等、それぞれ10年以上の代表歴を持ち、選手としてのピークを異国の地で全うした真にリスペクトされるべき猛者たち。もう間もなく、彼らに頼れない時代が来るわけです。ドーハの悲劇Jリーグの誕生は同じ1993年、平成5年です。奇しくも香川真司は平成生まれ初の日本代表選手。平成の集大成ともいうべきロシア大会で、これから世界の強豪と戦う上での日本代表の原型を見せてほしいのです。ぼんやりと見えてきた気がするその輪郭を、是非。

 優勝の約束の2050年まで、あと9大会。生きているうちに日本代表のワールドカップ優勝が見られたら、幸せだなあ。

 www.youtube.com

以上です。※敬称略 

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